レンタルDVDの返却期限が2時間後に迫っていたため無駄に眠れないまま早朝の町に出た。空気澄んでて晴れてて大好物の斜光にできる影と反射光。遠くまで見える。歩きながら先日Oくんと話していた『けものがにげる』を長編にするとしたらどういう展開が考えられるかという前向きなのかベリーロウなのかわからないことを考える。おそらくロウ。そのままエピソードを増やして長くするのも芸がないし撮ってて飽きはしないだろうが力の入れどころを見失うような気がする。二代目けもの保持者を登場させて現主人公を先輩格にするとか、あるいは同じ話だけど別の語り手を登場させて「わかりにくいところなんてぜんぜんなかったよ!」と100人レベルに言ってもらうよう努力するとか。やりかたは何個も出てくるのだけどなかなか定まらない。言いたいことはひとつくらいだけどやりたいことは幾つもあるわけで、手法を決めるにはジャンルという縛りが要るのかもしれない。恋愛映画や青春映画にするなら過程を順に追おう、ファンタジーにするなら複数視点も面白い、でもなにやらカテゴライズ不能のわけわからん映画を目指していたら?
下を向いてぶつぶつ言いながら歩いていたので自分を追い越していくOLぽい女の人のマフラーが落ちるのがよく見えた。ピンクと生成りの化繊のやつ。そういや通勤時間、女性は気付かずに行ってしまいそうになるので、仕方ない、自分はちょっと声を上げて女性を呼び止めた。女性だけではなく数人の人が振り返るのでなけなしの自意識が小さく叫ぶが、それでもこれ、落ちましたよとマフラーを拾ってすこし歩み寄る。女性は二十歳そこそこでほぼスッピンの可愛い子だと判明、ハッという顔で駆け寄ってきて自分の目を見ずに「すいませ」とマフラーを掴み、踵を返して行ってしまう。俺、ヒゲ剃ってなかったどころか顔も洗ってないと自意識が再び囁くが、まだこっちを見ているそこのおっさんにとりあえず怪しい者ではないことを態度で示さなければ、心の中で「おはようございます」と言いながら自分はおっさんの方を見るのだけど、おっさんは自分を見ているのではなかった。自分を通りこしたやや上空、新しく建った地上40階くらいあるマンションの屋上あたりの上空を見てる。
何か黒いものが落ちてきていた。朝日がまぶしくてうまく確認できなかったのだけど、たぶんその、ここから見る太陽くらいの大きさの黒いもの。糸の切れた風船が昇っていくようなスピードでちょうど逆のベクトル。あれはでかいだろう。そこの中学校のグラウンドくらいあるのかも知れないけど、そんなでかいものが落ちてくるのを見たことがないし、その場にいたら生きてるか保証もないわけで、よくわからない。でも黒はやけにゆっくりと落ちているし、陽を遮ってよくよく見れば、なにかふさふさした質感で、猫が吐きだすあれのような毛玉というか、やわらかそう。毛の空気抵抗もバカにならないのだろう、落下傘のように空気をはらんでとてもゆっくり。あれが中学校のグラウンドに落ちた場合の被害を計算してみる。まだ生徒はいないだろうから人的被害は控除したとして、鉄製の遊具やら旗のポール、あるいはソメイヨシノの並木は折れてしまうだろうか。黒毛モノは軽そうだけどデカいし、たまにデパートの屋上なんかにある怪獣型の空気テント、あれなんかは空気を抜くと予想以上に重いし、桜の木は劣勢のようにも思えるけど、こちらの意向としては毛モノを枝にひっかけるなどして情けない形状になって欲しいとも思う。また、落ちる瞬間の衝撃は、一陣の風を巻き上げて、「ふわ…」という感じがいい。落下した一通りの混乱が収まったあとで、意外と繊細な一本一本の毛に驚き、意外にもそんなに臭わないふわふわした毛の塊に体当たりや頬ずりする子どもたちや自分の姿を想像しつつ、朝マックして帰宅した。